2023/09/23


「宇宙語通訳士の日のこと」


まだ子どもを持つ前のこと。
おそらく2歳だったと思う、を育てる友人宅に遊びにいった時のこと。

小さな子とのしばらくぶりの触れ合いをとても楽しみにしていたのに、
いざ対面すると…その子の言っていることが分からない。

遊び相手になりたいのに、正確な単語なんか一つもない謎の言語を話すこの子が、
何を望んでいるのか読み取るのが難しい。

なのに。
隣に座っていた母親はその宇宙語を全て理解し、うどんをよそい、与えはじめた。


え、今のどこに”うどん”という単語が、、?


何年か経ち。
私もこの宇宙語をマスターする通訳士になった。

それに気づいたのは、孫を相手に何年か前の私と全く同じ反応をしている父を目にした時。

「え、なんで分かるの?」と不思議でたまらなかった翻訳能力を、知らず知らずのうちに私自身も習得していた。

でもこの能力、もったいないことにあくまで我が子にのみ発揮される特殊技術に留まっている。

毎日、毎日繰り返される膨大な親と子の会話の中から、小さな単語のかけらをマイ辞書に蓄積、蓄積して生まれた先の産物。


最近、この翻訳能力の大幅アップデートが行われている気がする。

初期の頃、ぶ→ぶどう、うんうん→うんち、というものだったのが最近は、

白いラーメン→うどん、皆がカップに乗って舞踏会行くやつ→美女と野獣のディズニーアトラクション、

という感じにいくつかの単語の連想ゲームverになった。
我が子専門通訳士としてのスキルは無意識に身につき、無意識にレベルアップされていく。

だけど。いつかこの我が子にしか使い道のない辞書を用いての通訳作業が必要のない日がきっと来るはず。
そう思うと、寂しいような、どんな達者を言ってくるだろうか楽しみのような、
今だけの謎の宇宙語を愛でたいと思う。

2023/09/22


「川の字の順の日のこと」


寝る時の布団の並びは、右から父ちゃん、娘、私、弟。
でも今日は、私と弟の間に入ってきた娘。

こっち側で寝るの?とたずねると
「だってママちゃん、きくちゃんの方見てくれないんだもん。」


まだ小さくて何かと心配な弟の方へ、体を向けて寝ることが多くなっていた私。

その視界に入るには、と考えて、順番を変えることを思いついたのであろう娘。

賢いと愛おしいが混ざって、笑った。

2023/09/21


「繋ぐ手を思う日のこと」


スーパー、図書館、保育園の送り迎え。
近頃、娘のほうから私の手を取ることが、なんだか少なくなったような気がしていた。

でも私はいつもの習慣だからなのか、手を握っていないことが不安だからなのか、
はい、とつい手を差し出してしまう。

私が、はい、と手を出したその時、娘はちょうど興味のあることに向かって走り出そうとしていたところだった。

手を握り返してくれたけれど、ハッとする。
私のいつもの癖が、娘のしなやかな勢いを、制してしまったのではないか。

足の先に広がる大きな大きな世界に、娘が自力で駆け出そうとするのを、私が手を引っ張て止めてしまった、そんな情景が目の裏に浮かんだ。


私の半径何十センチが娘のテリトリーではもうとっくになくなっていて、娘のいる世界は日々、日々、こちらが想像できないくらい大きくなっているのかもしれない。

その世界がぐんぐん広がって、気になる方へ一目散に走り出していくのを、この手は決して邪魔してはいけない、と静かな寂しさよりも先に、つよく思った。

2023/09/17


「おしゃれのモチベーションの日のこと」

最近洒落っ気づいてきた娘。
休みの日には必ずドレス(ワンピースのことをそう呼ぶ)をリクエストする。

 
ある日「なんでママちゃんはいつも同じ服なの?」と。

「すいません。。。苦笑」
普段の服装のサボり具合をよーく見られていた。


ほとんど会う顔は変わらないし、抱っこすればすぐ足形はつくし、行き先は保育園とスーパーくらいで、張り切っておしゃれする気力は湧かず。
昨日着た服と被らないことにだけ気をつけて、3着くらいで1週間を過ごす。(笑)

そんな時娘から掛けられたこの言葉に、せめて休みの日くらい、手抜きはやめるか、と思った。

そして、そう心がけるようになってからのある休日。
「ママちゃんおしゃれ〜、似合ってる」
「ほんと?似合う?いぇ〜い」

二人で親指を上に突き出す。

おしゃれ心が芽生えた女子が身近に誕生したことで、油断できない状況になったけれど、同時に女友達のような関係性も出てきてなんだか楽しい。

これからもズボラなママちゃんを注視して、モチベーションアップをお願いします。